胡蝶蘭の歴史

【胡蝶蘭の歴史】

 

今や、法人間のお祝い事に必ずといっていいほど贈答品としてプレゼントされている「胡蝶蘭」。なぜ、胡蝶蘭がこんなにも日本で普及したのでしょうか。

 

その前に胡蝶蘭の発症はどこなのでしょうか。

胡蝶蘭(と名付けられる前の基になる品種)は19世紀の前半に発見されたようです。熱帯の東南アジアで見つかったようで、その頃ヨーロッパでは蘭ブームが巻き起こりました。

なぜ蘭がブームになったのか。それは南米からイギリスにたまたま持ち帰られた「カトレア」という蘭だと言われています。カトレアに花が咲き、その美しい色やきれいな形が富裕層に大変気に入られたことがブームのきっかけだと言われています。

そのブームに乗るように美しい蘭を見つけては富裕層に届けてお金を儲ける「ハンター」と呼ばれる人々が現れました。

彼らがまだ見ぬ蘭を探しに世界各地を回っていた中で東南アジアの熱帯の中で見つけられたのが今の胡蝶蘭の原種のようです。

日本で広く流通している胡蝶蘭は、「ファレノプシス」と呼ばれていますが、これはハンターたちがその姿かたちがまるで”蛾”のように見えたことに由来しているようです。

推測ですが、現在私達が目にするファレノプシスは”蛾”のようには見えませんが、きっと幾度となく品種改良を重ねられたからでしょう。当時のファレノプシスは熱帯に生えているだけあって、蛾のような見た目だったのかもしれません。

さて、本題ですが日本に胡蝶蘭が普及し始めたのは明治時代だと言われています。

“胡蝶蘭”という名前は、その姿が蝶のように見えたことが由来だそうです。先述の通り、原種は蛾のような形をしていたようなので、品種改良に伴って蛾→蝶にかわっていったのでしょう。(蛾より蝶のほうが美しいイメージがあります、よね??笑)

 

日本に伝わってきた当時、胡蝶蘭を栽培するための技術やノウハウが日本では蓄積していなかったため、栽培を行う農家は極めて少なく、その供給量から非常に高価な植物であったため、富裕層のみ鑑賞することのできる花でした。この頃は庶民の中には胡蝶蘭の存在すら知らない人もいたとのことです。

 

明治時代では、富裕層のみ楽しむことができるのが胡蝶蘭でしたが、どのようにして広く普及するようになったのでしょうか。明治時代では胡蝶蘭は冬場の寒さに耐えることができずすぐ枯れてしまうため、温度管理が極めて困難だったようです。

しかし、現代では温室広く一般的に用いられるようになったので、温度管理を年中通して行えるようになり、広く普及したのでした。